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仙台地方裁判所 昭和56年(ワ)1535号 判決

主文

一  被告は、原告三浦とく子に対し金四四〇万円及び内金四〇〇万円に対する昭和五四年六月二日から、原告三浦あけみ及び同三浦章一に対し各金三三〇万円及び各内金三〇〇万円に対する右同日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告三浦とく子に対し金四八〇万円及び内金四〇〇万円に対する昭和五四年六月二日から、原告三浦あけみ及び同三浦章一に対し各金三六〇万円及び各内金三〇〇万円に対する右同日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  保険金請求権の代位行使について

(一) 保険契約関係の存在

訴外有限会社吉田土木(以下「訴外会社」という。)は昭和五一年一二月二一日被告との間で、訴外会社が保有し運行の用に供する自家用自動車(宮五五は五四六六、普通乗用自動車、以下「本件自動車」という。)につき、左記保険契約を締結し、同日金二万一三〇〇円を支払つた。

(1) 保険金(対人賠償) 金三〇〇〇万円

(2) 保険料 二ケ月分金二万一三〇〇円

(3) 保険契約者 訴外会社

(4) 記名被保険者 訴外会社

(二) 保険事故の発生

訴外三浦章一は、昭和五二年三月一日夜、宮城県黒川郡大和町落合三ケ内字井泥一〇番地安海恒信方敷地にある世紀建設株式会社飯場において、訴外吉田政雄及び星寿一の両名により、胸部、頭部、顔面、背中等を手拳で殴打、足蹴りされたうえ、用水路の中に突き倒され、更に、右飯場前農道に倒れているところを吉田政雄によりその身体を訴外会社保有にかかる本件自動車で轢かれ、よつて、左右肋骨骨折、右鍵骨骨折、右肺臓損傷等の傷害を受け、同夜右飯場内において右肺臓損傷による失血により死亡した(以下「本件事故」という。)。

(三) 債権者代位権の存在

(1) 訴外会社は、本件事故につき、運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条により、原告三浦とく子に対し金四四〇万円及び内金四〇〇万円に対する昭和五四年六月二日から、原告三浦あけみ及び同三浦章一に対し各金三六〇万円及び各内金三〇〇万円に対する右同日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払うべき損害賠償責任がある。

(2) なお、後述のように、別件訴訟において訴外会社から訴訟告知を受けた被告としては、右(1)に反する主張を本件訴訟において行なうことは許されない。

(3) 訴外会社は、他にも多額の負債を有しており、原告らに対して右(1)の損害賠償債務を支払う能力はない。

(四) 保険金請求権の発生(代位行使される権利の存在)

(1) 被告は前示保険契約において訴外会社に対し、本件自動車の所有、使用または管理に起因して対人事故により訴外会社が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害をてん補する旨を約した。

(2) しかるところ、訴外会社は、その従業員である吉田政雄が本件自動車を運転して三浦章を轢過し死亡するに至らせたこと(本件事故)について、運行供用者として自賠法三条により、章の妻である原告三浦とく子に対し金四四〇万円及び内金四〇〇万円に対する昭和五四年六月二日から、章の子である原告三浦あけみ及び同三浦章一に対し各金三六〇万円及び各内金三〇〇万円に対する右同日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払うべき損害賠償債務を負担した。

(3) 右(2)の点は、昭和五六年七月二〇日言渡され同年八月五日確定した仙台地方裁判所昭和五四年(ワ)第三三六号損害賠償請求事件(原告三浦とく子、三浦あけみ及び三浦章一、被告有限会社吉田土木)(以下「別件訴訟」という。)の判決において示された認定・判断であるところ、被告は、右別件訴訟の係属中その被告である訴外会社から、昭和五五年四月三〇日付訴訟告知書をもつて同訴訟について訴訟告知を受けたのであるから、民事訴訟法七八条、七〇条により、右判決の認定・判断に拘束されるのであつて、これに反する主張を本件代位請求訴訟において行なうことは許されない。

2  弁護士費用の請求について

原告らは、本訴の提起追行を原告代理人両名に委任したが、被告に負担せしむべき弁護士費用は原告三浦とく子につき金四〇万円、原告三浦あけみ及び同三浦章一につき各金三〇万円(合計金一〇〇万円)が相当である。けだし、被告は、別件訴訟において訴訟告知を受けたのに参加しなかつたので、もはや同訴訟の判決の判断を争うことは許されないにもかかわらず、そのことを熟知しながら、これに不服を唱え敢えて本件訴訟に応訴した。よつて、被告は原告らに対し、本件訴訟のための弁護士費用を賠償すべき義務がある。

3  よつて原告らは、1のとおり訴外会社に対する損害賠償請求権を保全するため、訴外会社に代位して被告に対し保険金の請求をするとともに、2のとおり被告に対し弁護士費用の賠償を請求する。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)及び(二)の事実は認める。

同1(三)(1)及び(2)は争う。(3)の事実は知らない。

同1(四)(1)の事実は認める。(2)及び(3)は争う。本件事故は吉田政雄が本件自動車を用いて故意に被害者三浦章を轢過して傷害を負わせ、もつて死に至らしめたものであつて、このように運転者が自動車を故意に凶器として用いた場合にまで訴外会社が自賠法三条による運行供用者責任を負ういわれはないし、また前示保険契約にいう本件自動車の「所有、使用または管理に起因して」生じた事故には当らない。

2  請求原因2は争う。

三  抗弁

1(一)  訴外会社と被告間の本件保険契約は、自家用自動車保険普通保険約款に基づいて締結されたものであるところ、右約款第一章第七条〈1〉(1)には「当会社は、保険契約者、記名被保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または記名被保険者が法人であるときは、その理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意によつて生じた損害についてはてん補しません。」との免責事由が規定されている。

(二)  本件事故は、吉田政雄が本件自動車を運転し故意に被害者を轢過し傷害を負わせ死に至らせたという傷害致死の事案であるところ、吉田政雄は、記名被保険者である訴外会社の単なる従業員ではなく、現場の業務一切を指揮・監督する総監督者の地位にあつて、同社従業員・取引先等から「専務」「専務」と呼ばれ、実質的には訴外会社の業務執行機関たる地位にあつた者であるから、商業登記簿上の登記の有無に関係なく、同人が右約款上の「法人の業務を執行するその他の機関」に該当する者であることは明らかである。

したがつて、被告は右約款の条項により免責され、保険金支払による損害のてん補義務を負わないというべきである。

2(一)  右約款の第一四条には「賠償責任条項にいう対人事故の場合において、当会社が保険契約者または被保険者から第一二条第二号(事故の通知)の規定に定める通知を受けることなく、事故の発生の日から六〇日を経過したときは、当会社は、その事故にかかわる損害をてん補しません。ただし、保険契約者または被保険者が、過失がなくて事故の発生を知らなかつたとき、またはやむを得ない事由により、前記の期間内に通知できなかつたときは、このかぎりでありません。」との免責事由の規定があり、右約款の第一二条第二号では、保険契約者または被保険者は、事故が発生したことを知つたときは、事故発生の日時、場所、事故の状況、損害の程度等を遅滞なく書面で当会社に通知すべきことと定められている。

(二)  しかるに訴外会社は、右所定の期間内に事故の通知をせず、事故発生後約一年八か月経過した昭和五三年一〇月下旬頃になつて通知をしてきた。

(三)  そして、右通知の遅延について、右約款第一四条のただし書きに該当するような事情は認められない。

したがつて、被告は右約款の条項により免責され、本件事故について何らの損害てん補義務を負わない。

3  本件事故発生当時原告三浦とく子と本件被害者三浦章とは別居中で、離婚調停中であり、右両者間の婚姻関係は既に破綻していた。しかるに原告らは、右離婚が未だ成立せず形式的に婚姻が継続中であるのを奇貨とし、章の妻子であるとして本訴請求に及んだものであつて、権利濫用であり信義則に反し許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は認める。

同1(二)のうち、本件事故が被告主張のような事案であることは認めるが、その余の事実は否認する。そもそも、被告指摘の約款の条項にいう「取締役または法人の業務を執行するその他の機関」とは、厳格な意味でのそれであることが必要であり、被告のいうように「実質的に」業務執行機関たる地位にあつたというのみでは足りないと解すべきである。有限会社である訴外会社の取締役兼代表取締役は吉田利雄であり、吉田政雄は何ら訴外会社の役員ではない。のみならず、実質的にも訴外会社の経営者は吉田利雄であつて、毎日のように同人が現場に出て陣頭指揮していたのであり、政雄が現場の業務一切を指揮・監督していたというような事実はない。政雄は当時まだ二六歳であつて、現場の業務一切を任せられるまでにはなつておらず、他の者が同人を「専務」と呼ぶことがあつたのは、訴外会社の代表者吉田利雄の長男であつたからにすぎない。

2(一)  抗弁2の通知義務違反の点は、被告が昭和五八年三月九日付準備書面で初めて主張するに至つたものであつて、時機に後れた攻撃防禦方法といわなければならず、却下されるべきである。

(二)  抗弁2(一)及び(二)の事実は認める。

(三)  訴外会社の代表取締役である吉田利雄ら第三者は、吉田政雄が起訴後も事情を隠していた関係で同人が三浦章一を本件自動車で轢過したものであることを昭和五三年六月の第一四回公判期日(吉田政雄に対する傷害致死被告事件)に至つて初めて知つたが、その時点ではいまだ、右轢過に先立つて行なわれた殴打等の暴行がむしろ章の死亡にとつての大きな原因となつたものと考え、右轢過が死の大きな原因となつたとは考えていなかつたところ、同年一〇月二六日の有罪判決において右轢過が章の死亡にとつて大きな原因となつた旨の事実認定がなされるに及んで、吉田利雄は初めてそのことを確定的に知り、右判決後直ちに被告に対し、章の死亡を保険事故として通知した次第であつて、以上のような経過に照らすと、本件においては、事故発生後六〇日の期間を過ぎて事故の通知がなされたのではあるものの、それは訴外会社において過失なくして事故の発生を知らなかつた故であり、そうでないとしても、やむを得ない事由により右の期間内に通知できなかつた場合に該当するから、結局、訴外会社には通知義務の遅滞はないというべきである。

(四)  仮に訴外会社に通知義務の遅滞があつたとしても、保険約款が損保会社に対する通知義務を規定した立法趣旨からみて、被告はてん補責任を免れない。すなわち、そもそも保険約款が通知義務を設けている理由は、損保会社において適正なてん補額を決定させることを目的としたもので、それが遅滞することによつて、損害が増加拡大するおそれのある場合を考慮して、損保会社の免責を認めたものである。したがつて、この立法趣旨によると、仮に通知義務違反があつた場合であつても、損保会社側で適正なてん補額を決定する上で支障のない限り、損保会社はてん補責任を免れない。しかるところ、本件は死亡という結果が生じた事故であり、通知義務の遅滞があつたとしても、それによつて損害が増加したり拡大したりしたような事実は全くない。よつて、結局、被告はてん補責任を免れないものである。

(五)  更に、仮に訴外会社に通知義務の違反があるとしても、訴外会社が昭和五三年一〇月下旬被告に本件事故発生通知をしてから被告が昭和五八年三月九日附準備書面で通知義務違反の主張をするに至るまで実に四年半の期間があり、この間両者は保険金の支払をめぐつて何度か交渉を重ねてきたが、被告が通知義務違反を理由に免責を主張したことは全くなかつたので、訴外会社としてはもはや被告から通知義務違反の主張がなされることはないものと信じていたのであつて、今更被告が通知義務違反を理由に免責を主張するのは、信義則に反し許されないというべきである。

第三証拠

本件記録中の証拠関係カードに記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  (保険金請求権の代位請求について)

1  請求原因1(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがない。

同1(三)(1)は、後記別件訴訟の確定判決において示された判断であり、同訴訟において訴外会社(有限会社吉田土木)から訴訟告知を受けた被告としては、右判断に反する主張を本件訴訟において行なうことは許されないところであつて、以上の点は後に請求原因1(四)(2)に関して述べるとおりである。

同1(三)(3)の事実は、成立に争いのない甲第四号証によつて認めることができ、これに反する証拠はない。

同1(四)(1)の事実は当事者間に争いがない。同(2)は、成立に争いのない甲第二、第三号証によつて明らかなように、別件訴訟(原告三浦とく子、三浦あけみ及び三浦章一、被告有限会社吉田土木の間の当庁昭和五四年(ワ)第三三六号損害賠償請求事件)の確定判決において示された認定・判断であるところ、弁論の全趣旨に徴して明らかなとおり、被告は、右別件訴訟の係属中その被告である訴外会社から、同訴訟について訴訟告知を受けたのであつて、そうすると被告は、民事訴訟法七八条、七〇条により訴外会社に対する関係において右判決の認定・判断に拘束されるから、これに反する主張を本件代位請求訴訟において行なうことは許されないというべきである。そして、右請求原因1(四)(2)の事実に徴すれば、吉田政雄が本件自動車を運転して被害者を轢過したのが吉田の故意に基づくものであつたにせよ、本件保険契約にいわゆる本件自動車の使用に起因して対人事故により訴外会社が法律上の損害賠償責任を負つた場合に該るというべきことは明らかである。

2  抗弁1について

抗弁1(一)の事実は当事者間に争いがないところ、右約款第七条〈1〉(1)にいう法人の「理事、取締役または法人の義務を執行するその他の機関」とは、その法人のいわば「法定代理人」である範囲の者、すなわち「法人を代表して業務を執行する機関」をいうものと解するのが相当である。しかるところ、吉田政雄が本件事故当時、有限会社である訴外会社の取締役の地位にあつたことを認めうる証拠はなく、かえつて成立に争いのない甲第一号証及び同第四号証、証人吉田利雄の証言によれば、吉田政雄は訴外会社の使用人ではあるものの、取締役など役員たる地位にはなかつたこと、のみならず訴外会社においては代表取締役が定められていたこと、がそれぞれ認められるのであつて、そうすると、吉田政雄は右約款にいう「法人の業務を執行するその他の機関」に該るとは認められず、被告の主張は採用することができない。

3  抗弁2について

(一)  原告は、被告の抗弁2は昭和五八年三月五日付準備書面で初めて提出されたもので、時機に後れた攻撃防禦方法であるから却下されるべきである旨主張するけれども、時機に後れたことにつき被告に故意又は重大な過失があつたことはいまだ認めるに十分ではないので、原告の右主張は採用できない。

(二)  抗弁2(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがない。

ところで、約款において事故発生の通知義務が設けられたのは、右通知によつて被告がなるべく早期に事故発生を知り、損害の発生を最小限度にくいとめるために必要な指示を保険契約者、被保険者等に与えることができるようにするとともに、被告自体としても事故状況・原因の調査、損害の費目・額の調査、てん補責任の有無の検討などを行なうことにより適正なてん補額を決定することができるようにすることを目的としたものであると解される。この趣旨からすれば、通知義務の違反があつた場合であつても、被告において適正なてん補額を決定するうえで支障がない限り、免責されることはなく、てん補責任を負うものと解するのが相当である。しかるところ、本件においては、事故が即死に近く被保険者等において損害の拡大をくいとめる余地は殆んどないとみられる事案であるうえに、損害額が確定判決により適正に算定されていること前顕甲第二、第三号証に徴して明らかであるから、原告の通知義務の違反が被告の適正なてん補額の決定に支障を来たしたものとは認めがたく、したがつて、通知義務の違反を理由に免責を主張することは許されないというべきである。

4  抗弁3について

本件事故当時原告三浦とく子と本件被害者三浦章との婚姻関係は既に破綻していた旨の被告の主張事実は、乙第六号証をもつてしても認めるに足りず、他にもこれを認めうる証拠はないから、抗弁3は、採用の限りでない。

以上によれば、原告らの保険金請求権の代位請求は理由がある。

二  (弁護士費用の賠償請求について)

被告が原告らと訴外会社との間の別件訴訟の確定判決において示された認定・判断に拘束されるものと解すべきことは前示のとおりであるけれども、被告は、右確定判決に示された認定・判断はともかくとして、訴外会社との間の本件保険契約における免責事由の一たる訴外会社の「業務執行機関の故意」の存在を主張して原告らの本件保険金請求を拒否し、本訴提起後は、右に加えて同様に免責事由たる訴外会社の「通知義務違反」などを主張して原告らの請求を争つているものであり、右は弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第五号証によつて明らかであり又当裁判所に顕著な事実であつて、そうすると、被告が本件訴訟に応訴したことを目して、原告のいうように、これが賠償責任を問われるほど違法な不当抗争に該るものと認めることはできない。したがつて、原告らの右請求は理由がない。

三  よつて、原告らの本訴請求は、原告三浦とく子につき金四四〇万円及び内金四〇〇万円に対する昭和五四年六月二日から、原告三浦あけみ及び同三浦章一につき各金三三〇万円及び各内金三〇〇万円に対する右同日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 櫻井敏雄)

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